フォト・トラベル
歌仙の間に描かれた小野小町と『三十六人家集』小町集
招賢殿(しょうけんでん)(飛雲閣一層)
作者は狩野派という説もあるが不明。「私は狩野派の膜写をライフワークとしていますが、女性の描き方が少し違うようです。作者の特定は課題ですが、かなり筆の立つ人です」と復元に携わった谷井俊認さん。専門家から見てもこの作者の腕は確かなようだ。
三十六人いるはずの歌仙が二人欠けているなど話題もあったが、見分けがつきにくかった歌仙たちをすべて特定できたのが今回の成果。「紀貫之と柿本人麻呂は紙に描かれた障壁画で、他の杉戸の絵とタッチが違うので後の時代に描かれたものです」。貫之と人麻呂と、欠けていた小大君と壬生忠見を除いた三十二人の歌仙図が復元された。
三十六歌仙は、扁額か紙に描かれ、人物と歌がセットになっているのが普通。「杉戸に描くというのは飛雲閣が唯一です。また、屏風を置いて背景を作るのですが、実物大の御簾の下に人物だけが宙に浮いたように描かれている。あたかも隣の部屋に歌人がいるように見え、かなり奥行きを感じさせられます。内と外では人物の大きさが違いますが、これは外から見たときと内から見たときのバランスを意識したのかもしれません。
外からながめると北面だけで、東、南側が見えないのが残念です」。技巧的な作風と建物とのバランスが歌仙図の特色と言える。
「歌仙図は、ある時期に相当流行しており、各地の神社などに数多く見られます。復元では他の作例も調査でき、歌仙に対する認識が変わりました。美術史的にはあまり注目されていませんが、まだまだ研究の余地があり、今後もっと注目されるべきだと思います。とにかく贅を尽くした歌仙の間。天井にも美しい絵が描かれていますが、その絵も復元したくなりました」と歌仙の間の魅力に目を輝かせていた。
歌仙図の復元が完了したことにより、これからは「平成の飛雲閣」として、後の世に伝えられることになった。
※写真・記事とも「本願寺新報」平成8年10月1日号から転載
茉莉花VOL.27 1997年 春号より
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