こんな簡単な帆で、遠く山県郡の加計まで上がる舟も多かった。昭和5、6年までは見かける風景だった。中央の大きな屋根が別院、その左側が料亭「香蘭」、手前は白魚漁の舟。(昭和初年)
汚れた太田川といわれていたが、市民らの努力のせいか、最近は目立ってきれいになった。ハゼは戻ったし、ガンモ(手長エビ)も見かけるようになった。中央に現在の別院が見える。※写真提供/西本願寺広島別院
茉莉花VOL.17より(平成6年)
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